読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

キーワード!労災・労災事故ニュース

労災や労災事故をキーワードに気になるニュースをまとめています。

納会で泥酔、急死の男性は労災か

 ある年の暮れ、小さな町工場の社内で開かれた納会の後、50代の従業員の男性が急性アルコール中毒で亡くなった。ささやかな懇親と慰労の会だったが、無類の酒好きだった男性は一人日本酒の瓶を抱えて飲みつぶれ、搬送先の病院で蘇生措置のかいなく帰らぬ人となった。残された妻は国を相手取った裁判で「夫の死は労働災害に当たる」と訴えたが……。

 「職人魂」を掲げ、大企業に負けない技術力を誇る東京都内の町工場。仕事納めの日に社内で酒を酌み交わすのが、もう何十年も慣例になっていた。昭和の景気のいい時代には別に忘年会や新年会も開いていたが、最近の社内の宴席は年に1度の納会だけ。それも缶ビールやソフトドリンクを用意し、社長夫人の手料理で鍋やすしを並べたささやかな会だった。


画像の拡大
 その年の納会は12月28日に開かれ、社長と全従業員の計7人が参加した。午前中に社内の清掃を終え、正午過ぎに社長の乾杯とねぎらいの言葉で会は始まった。

■手元に一升瓶、ほぼ一人で飲み続け…

 「おまえちょっとペース早いよ」。1時間が過ぎたころ、部長が50代の従業員の男性に注意した。その年は缶ビール以外に初めて日本酒の一升瓶が1本用意されていた。男性は350ミリリットルの缶ビールを2、3本飲んだ後、一升瓶を手元に置き、欲しがる同僚や部長にコップ1杯を分けるだけで、ほぼ独り占めしていた。

 午後2時半ごろ、北関東の支店の従業員と電話で年末のあいさつを交わしたとき、男性はすでにろれつが回っていなかった。午後3時を過ぎて会がお開きになると、荷物用エレベーターの前に横になり、いびきをかきはじめた。心配してジャンパーをかけた同僚は、男性に少し吐いた形跡があるのを目に留めた。

 それから30分もたたないころ、仕事に戻っていた同僚は、いつの間にか男性のいびきが聞こえなくなっていることに気付いた。近づいて様子を見ると、吐いた物がのどに詰まり、息をしていなかった。慌てて救急車を呼び、大学病院に搬送。蘇生措置を受けて一時的に心拍が戻ったが、翌朝、急性アルコール中毒が原因の蘇生後脳症により死亡した。

 男性は1970年代初めに北関東の中学校を卒業し、その町工場に就職した古参社員だった。快活で明るく、手先が器用で仕事もよくできた。唯一の難点はとにかく酒好きで、しかも酒癖があまり良くないことだった。飲み過ぎると目がうつろになり、言葉遣いが乱暴になった。

 労働基準監督署の調査に対する同僚の説明によると、男性は少なくとも過去に2回、酒の飲み過ぎで失敗を起こしていた。1度目は7~8年前、泥酔して自転車に乗り、転んで鎖骨を折った。2回目は4~5年前、飲み過ぎて路上に倒れているのを通りがかりの人に発見され、病院に搬送された。

 妻も同じ調査に対し、6~7年前に飲み過ぎて救急車で搬送されたことが2回あり、3年ほど前にはスナックで泥酔して警察を呼ばれたことがあると認めた。

 年とともに酒量は減り、以前ほど外では飲まなくなっていたが、それでも毎日のように家で200ミリリットルの焼酎を1~2本飲んでいた。健康診断で肝機能の状態を表すγ―GTP(ガンマジーティーピー)の検査結果は94。「要精密検査」とされていた。

 夫の死亡は業務上の理由によるものだとして、妻は労災保険法に基づく遺族補償給付や葬祭料の支払いを求めたが、労働基準監督署は「業務上の理由によるものではない」として支払いを拒否。妻は国を相手に不支給処分の取り消しを求め、東京地裁に提訴した。

 このような場合に労災給付が認められるには(1)労働者が事業主の支配下で業務に当たり(2)死亡はその業務に伴う危険が現実化した――と認められる必要がある。裁判で、妻側は「納会は参加が事実上義務付けられた業務で、急性アルコール中毒は納会参加という業務に含まれる危険が現実化したものだ」と主張した。

 対する国側は「納会の参加は業務命令ではなく、会社が福利厚生の一環として開いたもの」と反論。「そもそも納会で飲酒を強要されたわけではなく、男性の飲みっぷりはささやかな懇親と慰労という納会の目的を逸脱していた」と指摘した。

■納会参加は「義務」だが、過度の飲酒は「目的を逸脱」と地裁

 東京地裁は判決で、納会について「参加を事実上強制されていたとまではいえないが、会社の主催行事で業務の延長線上にあった」として、納会の参加が業務にあたることを認めた。

 他方、「納会に1本だけ用意された日本酒大瓶の大半を1人で飲みきるという飲み方が、納会の目的を逸脱した過度の飲酒行為だったことは明らか」とし、「業務に内在する危険が現実化したとはいえない」と判断。妻側の訴えを退け、判決は確定した。

 法廷に提出された証拠資料によると、男性の父親も酒の飲み過ぎで亡くなったという。男性は日ごろから「病気で死ぬくらいなら酒を飲んで死にたい」が口癖だった。同じ資料には「主人は本望でしょうが、残された私は納得がいきません」という妻の言葉も残されていた。

納会で泥酔、急死の男性は労災か :日本経済新聞